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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)108号 判決

第一審原告(反訴被告) 牛丸一彦

右訴訟代理人弁護士 増田要次郎

第一審被告(反訴原告) 丸山嘉孝

右訴訟代理人弁護士 永田恒治

主文

一、原判決中第一審原告(反訴被告)に対し四二〇万円及びこれに対する昭和五七年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを命じた部分を取り消し、右取消しにかかる第一審被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

二、第一審原告(反訴被告)及び第一審被告(反訴原告)のその余の各控訴を棄却する。

三、訴の追加的変更につき

1. 第一審被告(反訴原告)は第一審原告(反訴被告)に対し別紙物件目録(一)ないし(三)記載の土地建物を明け渡すにあたり、原判決添付別紙費用目録(26)、(28)、(32)ないし(34)、(38)により附加されたものを撤去して昭和四八年五月四日付確認通知書添付の平面図、立面図に表示された原状に戻せ。

2. 第一審原告(反訴被告)の右原状回復請求中その余の部分を棄却する。

四、訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを五分し、その一を第一審原告(反訴被告)の負担とし、その余を第一審被告(反訴原告)の負担とする。

五、原判決主文第二項の(一)は第一審被告(反訴原告)において当審勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

一、当事者の求めた裁判

(第一審原告・反訴被告、以下「第一審原告」という。)

1. 原判決中第一審原告敗訴部分を取り消す。

2. (本訴につき訴の追加的変更)

第一審被告は、第一審原告に対し、別紙物件目録(一)ないし(三)記載の土地建物を明け渡すにあたり昭和四八年五月四日付確認通知書添付の平面図、立面図(甲第七号証)に表示の原状に戻せ。

3. 第一審被告の控訴を棄却する。

4. 訴訟費用は、本訴、反訴を通じ、第一、二審とも第一審被告の負担とする。

(第一審被告)

1. 原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消す。

2. 第一審原告の請求(当審訴えの追加的変更請求を含む。)を棄却する。

3. 第一審原告は、第一審被告に対し、三〇一八万〇五七一円に対する昭和五四年一二月一九日から昭和五七年一二月七日まで年五分の割合による金員並びに二二一八万〇五七一円及びこれに対する昭和五七年一二月八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4. 第一審原告の控訴を棄却する。

5. 訴訟費用は本訴、反訴を通じ第一、二審とも第一審原告の負担とする。

6. 第三項につき仮執行宣言。

二、当事者の主張

当事者双方の事実上の陳述は、次につけ加えるほか原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

1. 第一審原告の主張

(一)  第一審原告と同被告間の本件土地建物に関する売買契約は、第一審被告の債務不履行により解除されたものであるから、第一審原告は同被告に対し本件土地建物を右売買契約以前の原状(甲第七号証確認通知書・同添付平面図、立面図表示のもの)に復したうえ明け渡すよう求める。

(二)  また、本件のように売買契約が第一審被告の代金不払いという債務不履行によって解除となったような場合、 有益費償還請求権は生じないものというべきである。けだし、そうでなければ、売主(第一審原告)に右償還請求に応ずるだけの資力がないか、支払い意思を欠く場合、買主の債務不履行にもかかわらず契約解除も不可能となり、甚だしく不公平となるからである。

(三)  第一審被告の不当利得の主張はこれを否認する。

2. 第一審被告の主張

第一審被告は、本件土地建物の売買契約後、原判決添付費用目録記載のとおり同目録(38)車輌代を除き、造作、庭園設備等、本件土地建物に附加してその財産的価値を増殖せしめたものであるから、第一審原告に対し右費用につき不当利得返還請求をする。

三、証拠関係〈省略〉

理由

一、当裁判所も、第一審原告の本訴請求は、本件土地建物の後記原状回復を求める部分を除き、その余はこれを認容すべきであり、第一審被告の反訴第一次請求、第二次請求を棄却すべきであると判断するものであって、その理由は原判決書九枚目表一三行目から同一六枚目裏四行目までの原判決理由説示と同一である(ただし、原判決書一〇枚目表二行目中「第八号証の一、」の下に「乙第四〇号証の一ないし三、」を加え、同一一枚目表四行目中「第四〇号証」を「第三九証」に、同裏五行目中「証人」を「原審(第一、第二回)及び当審証人」に改め、同「第一、第二回」を削り、同「但し、」及び同一六枚目表七行目中「(」の下に各「原審」を加え、同一〇枚目裏四行目中「一ないし三、」、同一一枚目裏六行目中「)、」、同一五枚目裏七行目中「証言、」、同一六枚目表八行目中「)、」の下に各「原審における第一回」を加える。)から、ここにこれを引用する。

二、第一審原告の本訴請求のうち、第一審被告に対し本件土地建物を明け渡すにあたり本件売買契約以前の状態(甲第七号証確認通知書添付の平面図、立面図のもの)に回復するよう求める部分について判断する。

第一審被告が右売買契約に当り昭和五一年九月から同年一一月にかけて本件土地建物に造園、改築工事を施工したこと、第一審被告の債務不履行のため右売買契約が解除されたことは、前記認定のとおりである。そして、前記工事の結果附加されたもののうち、原判決添付別紙費用目録(26)(28)(32)ないし(34)、(38)のものは、前掲各証拠に照らすと、いずれも本件土地建物より分離して撤去することが可能な状態にあるものと認められる。

しかし、同目録中右を除くその余の附加物は、本件土地建物と一体となって現時点でこれを分離撤去することは物理的にも、経済的にも極めて困難であるか、そもそも、回復すべき本件土地建物の原状を特定するに足りる証拠がなく、これにつき第一審原告主張の原状回復を求める部分は失当というほかはない。

そうすると、第一審原告の前記原状回復請求は、右限度で理由があるので認容し、その余は失当として棄却すべきである。

三、第一審原告は、売買契約が買主の代金不払という債務不履行により契約解除となった場合には、買主の有益費償還請求権は生じないと主張する。

たしかに、売買契約が買主の債務不履行により解除されたのに、その間に買主が投下した多額の有益費を償還させられるのでは、物件回復者(売主)は、償還義務を負担するだけ右売買契約締結前の状態より不利益となって法が解除に伴う原状回復を規定した趣旨にも副わないのではないかという疑問の余地がある。

ところで、債務不履行を理由とする解除制度は、相手方の債務不履行にあった他方当事者を保護して損害を被らせないようにするのがその趣旨であると解されるが、それ以上にその者をして利得せしめるを要しないから、解除により契約がなかった状態に復させるべく、双方に原状回復義務を課し、既に履行された給付は返還し、返還者が必要費、有益費を支出していた場合には、民法一九六条の趣旨に従い回復者は、必要費については全額、有益費についてはその選択により支出額又は現存増加額の償還義務を負うとするのが公平であり、また、これを認めたからといって現存利益の適切妥当な評価による限り、必ずしも右回復者の契約解除権を制約することにはならない。

よって、第一審原告の右主張は採用できない。

四、次に第一審被告の反訴第三次請求について検討する。

1. 〈証拠〉、原審及び当審における第一審被告本人尋問の結果並びに前記認定事実を総合すると次の事実が認められる。

(一)  原判決添付別紙費用目録(3)、(14)、(15)、(17)ないし(19)、(21)、(25)、(26)、(28)、(30)、(32)ないし(34)、(36)ないし(38)は、いずれも本件土地建物自体の改良のため支出し、その価値を増加せしめたものとは認め難い。

また、同目録(39)の諸費用が本件土地建物の改良のため支出されたことを首肯せしめるに足りる証拠はない。

(二)  第一審被告は、本件土地建物につき、原判決添付別紙費用目録(1)、(2)、(4)ないし(8)、(10)ないし(12)、(16)、(22)ないし(24)、(27)、(29)、(31)、(35)記載の各工事を実施し、同目録記載の金額を支出した。

(三)  右目録(9)の左官工事につき、第一審被告は麻和義治に対し本件建物の工事代金として五七万四八三〇円を支払い、同目録(13)の塗装代につき、有限会社中島塗装店に対し本件建物の塗装費として三五万五〇〇〇円を支払い、同目録(20)の本件建物瓦代金として四五万円を平林製瓦所に支払った。

原審及び当審証人鵜飼聰の証言並びに原審及び当審における第一審被告本人尋問の結果中右認定を超えて本件土地建物の改良費を支出した旨の供述部分はにわかに措信し難く、他に同認定を覆すに足りる証拠はない。

2. 前認定の事実に照らすと、第一審被告は、本件土地建物につき上記1(二)、(三)の合計額一九〇八万一二九一円を支出して工事を実施したことが明らかであるが、そのうち有益費償還請求権を生ぜしめる範囲について検討する。

(一)  前記認定事実によると、第一審原告は、娘の麻生一美が栄養士の資格を得たことからレストハウスの経営を考えるに至り、昭和四五年七月ごろ本件土地を買い受け、その後本件建物を建築し、昭和四八年八月二階部分を増築した。

そして、〈証拠〉によると、当時本件建物は民芸調ではあるが、営業内容が手打ちそば、焼肉料理等を主とするものであり、建物自体に趣向を凝らす程のものではなく、普通の単価による建築費であったこと、昭和五〇年夏過ぎ閉店され、利用されないままになっていたが、第一審被告が後記改築工事に着工する時点でもそれなりに相当の価額を残していたことが認められる。

(二)  他方、〈証拠〉、原審における第一審被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、第一審被告による右工事は、石庭を主とする造園、旧建物のほとんど柱だけしか残さない改築といった大規模なものであり、かつ、高級料亭の趣向を凝らした炉端焼き店への模様替えであったこと、したがって、一般的用途には必ずしも適せず、他の者が入居して再び使用するには、かなりの改築、模様替えを要することが認められる。

(三)  以上(一)、(二)を総合勘案すると、第一審被告の前記支出にかかる工事代金一九〇八万一二九一円のうち、本件土地建物を改良し、その価額を増加させるものと認められるのは、ほぼ五分の一に当る三八〇万円であるとするのが相当である。

(四)  もっとも、前掲甲第一三号証の一ないし四、原審及び当審証人鵜飼聰の証言に弁論の全趣旨を総合すれば、第一審被告が昭和五二年六月ころ閉店して既に九年の歳月を経ており、門の倒壊をはじめ、庭の荒廃など現時点ではかなり減価しているものと認められる。

3. 民法一九六条二項の規定によれば、物件回復者である第一審原告に支出金額又は増加額のいずれかを選ぶべき選択権が帰属することになるが、第一審原告による右選択が行われない場合には、有益費償還請求権者である第一審被告の選択により支出金額又は増加額のいずれかを請求できるものと解するのが相当である。

そして、本件において、第一審原告の右選択権の行使がないこと、第一審被告が支出額を選択して請求するものであることは、当裁判所に顕著であるから、第一審原告は第一審被告に対し上記有益費償還として三八〇万円及びこれに対する昭和五七年一二月六日付準備書面(反訴第三次請求を記載のもの)が陳述された日の翌日である同月八日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金支払の義務がある。

五、なお、第一審被告は不当利得返還請求を主張するけれども、原判決添付別紙費用目録記載のもののうち、一部撤去可能のものはもとより、前記有益費償還請求の対象外のものについては、第一審原告においてこれにより利得したことを肯認せしめる確証はなにもないので、右主張は失当である。

六、したがって、原判決中第一審原告の本訴請求を認容した部分並びに第一審被告の反訴第三次請求を右の限度で認容した部分及び反訴第三次請求のその余の部分、同第一、第二次請求を棄却した部分は相当であるが、右の限度を超えて第一審被告の反訴第三次請求を認容した部分を不当として取消しを免れず、本件各控訴は右の取消しを求める範囲で理由があるけれども、この範囲を超えて取消しを求める部分は理由がなく、第一審原告の当審における追加的請求は前示の限度で理由があるけれども、その余は理由がない。

七、よって、原判決中右の限度を超えて第一審原告に支払いを命じた部分を取り消し、これが取消しにかかる第一審被告の反訴第三次請求を棄却し、本件各控訴中その余の部分を棄却し、第一審原告の当審追加的請求を右の限度で認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九五条、八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 館忠彦 裁判官 牧山市治 赤塚信雄)

〈以下省略〉

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